振り下ろされた聖剣は私に当たらなかった。 突如、校長が片膝を付いたのだ。まるで貧血でも起こしたかのように大外れ。その結果、私の左にあった高そうなソファが真っ二つになった。「大丈夫ですか!?」 マル魔の一人、パリコレモデルのような碧眼の男が校長に駆け寄った。さっき私の肩を撃ち抜いたクソッタレだ。「貴様、何をした!」 間髪入れずもう一人、どこぞの王室近衛兵のような雰囲気の美丈夫が威嚇してくる。さっき私の足を撃ち抜いたクソ野郎だ。「何もしてないわ」 なんでもかんでも魔女のせいにしないで。どうせ老人性の貧血でしょ――ほら見なさい。目眩が、って校長も言ってるじゃない。お陰で助かったけど。 校長はパリコレモデルに肩を借りて立ち上がったけど、また直ぐにガクッとなった。「嘘をつくな!」 それを見た近衛兵がまた叫ぶ。同時にカリャリ、と引き金を引く音がした。「だから知らないわよ!」 ていうかちょっと黙ってて。あんたたちも無視できないけど、今はもっと重要なことが――「ローブのポケットを調べたらどうかしらぁ」 そう、乱子よ。さっき校長は言っていた。夜鶯胤家とは話が終わっている、と。 ”私”の姿で倒れていたくせにいつ戻ったのか、本来の姿で胸をゆさゆさ歩いてくる乱子。「んもう、天使(あまつか)校長ったらお口が軽いんだからぁ」 真っ二つになったソファを魔法で消し炭にし、もう一つのソファに校長を座らせた乱子が、私を見下ろしながらその隣に腰掛ける。 そのまま妖艶な仕草で組む足の動きは、かなり強い誘惑魔法だ。残念ね。銃創が痛すぎてちっとも効きゃしないわ。 乱子の登場でマル魔たちの表情がもう一段階険しくなった 。「あの竜胆家の者を浄化できると思うとつい、な。悪かった」「まあ白緑には招待状を送ってないからいいんだけどぉ」 校長の首に腕を絡ませながらこちらを見る乱子は物凄く得意気だ。まさか校長は籠絡済みなのか? 「ポケットにペンギン型の財布がありました!」 ずっとベリーに銃を向けていたマル魔二人のうち、新卒らしき坊主の方がシラーを校長に渡す。「ああん、やっぱりぃ。白緑の使い魔なのよこれぇ。きっと天使校長の目眩はこの子の仕業よぉ」 しかしあれね。乱子が喋る度にマル魔たちがイライラしてるわ。わからないでもないけど、出会して数秒でそうなら、五分だってもたないん
校長は既に勝った気でいる。 人数のアドバンテージに加え、遥か格下の相手をいてるという油断。加えて乱子が拘束魔法で私の動きを封じたのもそも要因だろう。 でも私は気付いたわ。やつらは勘違いをしている。 私に踏んづけられらて意識を失ったシラーは未だ夢の中。そもそもシラーに目眩を起こさせるような能力はない。 やったとすればベリー、もしくは―― 『白緑ぃ~! これ、これ!!』 ベリーが辛うじて動く袖の部分を繊維状にほぐし、こそっと中をチラ見せしてくる。 やっぱり! くるくる蓑虫だわ! すっかり忘れてたけど、私は危険度マックスに近い魔虫を召喚していたのよ。ああ、自分で自分を褒めてあげたい。グッジョブ私! 肩も足も痛いけど銃創がなんだ。くるくる蓑虫さえいればこっちのものよ。覚悟してなさい。『ベリー、私が合図したら全力で回転するよう、くるくる蓑虫に伝えて」『ええっ、全力!?』『死ぬよりましでしょ!』『そりゃそうだけど……どうなっても知らないよ』 よし、あとは少しでいいから時間を稼がなくちゃ。 てなわけで披露してあげようじゃない。何十年と種族や性別を偽り続けた私の演技力ってやつを。「全部乱子の手の平の上だったってわけね……」 観念したように天井を見上げ、それからゆっくり目を瞑り、ため息と共に肩を落としてみせる。「まさか親友に売られるなんて。何だかんだで乱子とは死ぬまで楽しくやってくもんだと思ってたわ」「あら、私もよ。じゃあこのまま死ねたら白緑も本望ね。だって私、今と~っても楽しいもの」 ハートが何百と飛んできそうな語尾ね。 ふんっ、ほざいてればいいわ。目にもの見せてやるんだから。「これが親友の会話とは。やはり魔女は醜い」 校長の嫌悪が凄い。よくもまあ人をそこまで蔑んだ目で見れるものだ。そこらの魔女よりこいつの方が、よっぽど魔女の素質がある。 「同感ね。生まれ変わったあと、この学校に入れば多少ましになるかしら」 ま、私は聖職者の半分は偏見を理由に魔女を志さなかっただけで、ベクトルは違えど中身の腐れっぷりは同じだと思ってるけど。阿叢なんかがいい例だ。 むしろ、きちんと悪事を働いている自覚のある私のような魔女の方が何億倍も誠実に思える。「残念だけどそれは無理よぉ。天使校長の聖剣で貫かれた魔女はぁ、魂が裏山の御神木に封印されちゃうんだ
あの短剣で燃やせば証拠は欠片も残らない。少し気が早いけれど、裏切り者の乱子共々校長を始末できて気分は上々。 あとはあの写真を出版社に売り付ければお小遣い稼ぎもできて、一石二鳥どころか三鳥だ。 ちょっと癪に障るけど、あの童顔中年と私が変身していた被害者男子はよく似ていた。校長にイケナイ薬を盛られて襲われた挙げ句、オーバードーズで死にかけたところを”シスターの私”に救われた。良司さんの毒薬の被害者も校長の薬のせいで云々、という筋書きよ。 今となっては私をシスターに仕立て上げることが、どう私の捕縛に繋がるのか知ることはできないけれど、せっかくだから利用させてもらう。『いやぁ~白緑がぼくのために殺人だなんて、ちょっと感動しちゃったよ』「殺人? 馬鹿言っちゃいけないわ」 私はそんなことしない。あれは正当防衛よ。それもとことん優しい。 だって校長は私がありもしない罪を着せようとするもっと前から、私をバチカン送りにしようと企んでいたのよ。完全に消しにきていた。 マル魔にしてもそう。奴らはこれまで何人もの魔女を屠っているし、私の大切なベリーに拳銃を向けていた。それにほら、まだ誰も屠ってなさそうな新卒君は助けてあげたじゃない。 だいたい、私はあの短剣をきちんと暴発させたわけで――『え、帰らないの?』 言いながら生徒教職員が倒れている廊下を進み、南校舎に差し掛かったところでベリーが聞いてきた。ずっと怠そうに無視していたから、話題を変えたかったんだろう。「阿叢先輩がトンカツ奢ってくれるって言ってたのよ」『ええ~? この状況じゃ無理なんじゃない?』「食券が欲しいの。一ヶ月有効なんだから」 きっと来月にはこの学校も通常通りになっている。 少しは騒ぎになるでしょうが、所詮校長なんてすげ替え可能な消耗品。どうせ次もそれなりの実力者が選ばれるんだから、誰がなろうと大差ない。 それに理事会とかが全力で不祥事を揉み消すに決まっている。大事にならないのは確実。「食券を回収したら食材もいただくわよ。今夜は豪華な食事でベリーの慰労&乱子の破談お悔やみ会よ」『あ、それいいね!』「そうだわ。同期の皆も招待しようかしら。きっと大泣きしながら集まるわ」 悲しみではなく爆笑で、だけど。 にしてもゲロを吐いている人が全然いない。くるくる蓑虫の力で即座に意識を失った証拠だ。
俺の名前は竜胆白緑。 竜胆はそのまま読んで「りんどう」、白緑と書いて「みどり」。見習い魔女をやっているれっきとした男だ。 きっとこの世界の人たちからすると、男が魔女だなんて意味が分からないことだろう。でも俺はこことは別の世界から来た。だから男が魔女でもいたって普通。 目的は真なる魔女になるため。いわば修行だ。しかし現在、修行は難航……いや停滞している。 転移してきた少年時代、運良くその日のうちに優しい魔女たちに拾われ、超難関と言われる国立の魔女大学まで通わせてもらったのに、俺は相も変わらず見習い魔女のまま。 なぜなら俺の力の根源である魔力がこの世界には微々たる量しか存在しないから。それはつまり使える魔法も習得できる魔法も、ものすご~く限られるということ。 そしてこの世界の魔女が根源としている力は妖力で、ほぼ無限に存在する。お陰で実力差は開くばかり。 しかもこの世界の魔女は完全で強烈な女社会。 別に自称フェミニストや過激派ポリコレなる脳みそバーサーカー気味の魔物が男を排除しているわけじゃない。と思いたいが実際はどうなのだろう。未だ分からない。 とにかく男が魔女とバレようものなら恐ろしい目に遭わされること必至らしい。 ただ俺は種族的な能力でほぼなにも消費せずに変身できる。それで今までなんとかバレずにやってこれた。変身を魔法と偽り、あとは謀略のみで大学を卒業したのはちょっとだけ自慢だったりする。 けどやっぱり俺は見習いなのだ。ず~っと見習い。そんなもの十を数える辺りでさらりと卒業するのが当たり前にもかかわらず。 ああ……気が付けばもうすぐ四十六歳。 ずっとバイトと魔女の修行で稼ぎはほぼ無し。おまけに実家住まい。 ゴキブリにストーカーされるし、カブトムシがライバルとか言われるし……あああこの先もこのままだったどうしよう!
時計の針が二十時を回って少し。ようやく帰れる。「お疲れ様でした」 「お疲れ様。年末に急な出勤をお願いして悪かったね。それじゃあまた正月明けに。良いお年を」 「はい、良いお年を」 外出用の姿の私は、店長に作り笑顔を浮かべて女子更衣室へ向かう。言っておくが、これは不可抗力であって仕方の無いことだ。 幸い私以外に誰もいない……こともなかった。小泉さん(二十四歳)が化粧を直しながら電話をしている。 おかしいな。こいつが仕事に来ないっていうから、年末最終日に突然呼び出されたってのに、どういうことだ? 私は小さな会釈に最大限の威嚇を込めて彼女の前を通りすぎ、マジックで竜胆白緑と直書きされた冷たいロッカーに手をかけた。 内側に付けられた小さな鏡に写るのは、小綺麗な大人の女性。私の実年齢は四十代だが、外出用の姿は三十代かギリギリ二十代に見えるよう調整してある。 この世界では資格や働けると思わせる見た目よりも、年齢はさておきワンチャン有りだよなとキモい男性社員に思わせることが大事なのだという。 なぜなら私は見習い魔女。 四十を過ぎているのにいっぱしの魔女として食っていくには程遠い稼ぎなのだから、それくらいの気持ちでいなければいけないらしい。 育ててくれた母であり大魔女の、それはそれはありがたい助言により採用された小さな薬局を出て空を見上げた。 白く薄い吐息が背に流れ、微かに漂う出店の香りが財布の紐を緩ませるも、数枚の薄汚れた茶色い小銭が涙を誘う。 とかくこの世界は金がかかる。この世界に魔力さえ豊富ならこんな苦労などしなくて済んだだろうに。 私をこの世界に放り込んだ張本人は間違いなく分かっていたはずだ。親父との時間を邪魔されたくなくて、こんな世界に飛ばしたのだ。 大木の生えた人気のない公園に寄り道をして、鬱蒼とした森の側にある自宅へ帰るとすぐに変身を解いて元の姿になった。 ただいまの返事も聞かずに自室へ入りベッドに倒れ込む私……いや、俺。 長年性別を偽り続けてきた結果、姿に応じて思考の一人称も使い分けるようになった。だから今の、親父たち譲りのあどけない少年の雰囲気を残し、透き通る緑髪を持ったこの世界では無駄に超イケメンな本当の姿の時は”俺”だ。 超イケメンならすべての不幸が帳消しになると思う人もいるだろうが、それはとんでもない勘違いだ。 まず本
満月を見上げながら、つい欠伸がでてしまった。 すると肩に乗っている青紫のペンギンが大袈裟に嘆いてみせる。「はぁ、情けない」 こんなのはいつものことだから俺は気にしない。 この執事気取りのペンギンはシラー・ペルビアナ。親父が投げてくれた袋に入っていた生き人形だ。きっと相当ヤバい人形に違いないんだけど、その片鱗を見たことはまだない。「仕方がないだろ。昼間にも働いてるんだ」 「じゃあ、せめて見習いは卒業して生活費を稼げる魔女になって下さい。そしたら昼間は働かなくていいでしょう?」 「……それができれば困ってないっての」 この世界の魔女は通常夜に働く。なぜなら妖力という真っ黒な力を使うからだ。 妖力は魔力と違って色んな属性がごちゃごちゃに混ざり合っているだけでなく、俺にとって未だ理解不能な夜の力が根源となっている。反対に昼の力を根源としている真っ白い力を霊力と呼ぶ。 悲しいことにどちらの力も俺には扱えない。 俺は妖力や霊力と違って、この世界に微々たる量しか存在しない魔力をかき集めてなんとかやりくりしているのだ。 そのため三十五年――いや、めでたく見習い三十六年目に突入した俺が使用できる魔法は、簡単な占いに限定的な召喚魔法と動物と話す魔法くらいだ。 覚えた魔法よりもよっぽど強力な種族的な能力も多々あるけど、やっぱり魔力が足りなくて思うようにいかない。 まったくなんだってこんな……いや、愚痴は止めよう。辛くなる。仕事のことを考えよう仕事の……あ。「シラー、今日はどこまで行くんだ?」 そういえば行き先を聞いていなかった。重大な問題だ。見習い魔女が遅刻など許されることではない。「さっきからずっと男口調になってますよ。今は魔女なんですから気を付けて下さい。そのぶんじゃ頭の中も”俺”なんでしょうね」 「分かってるよ。ええと、それで? どこに行くのかしら?」 周りに魔女や関係者がいるわけじゃないんだから別にいいのに。まあ、母にも自分や姉以外の魔女に”私”が男だとバレないようにと忠告されているから? シラーの言うとおりにしやってもいいけど?「旧水底駅ですよ」 ぶっきらぼうに答えるシラーに目をやると寒そうにしていたので懐に入れてやる。少しだけ嬉しそうな顔をした気がしないでもない。『嫌だなぁ。旧水底駅は水溜まりのずっ~と底でしょ? ちゃんと行けんの
忙しい。目が回る忙しさとはまさにこのこと。私は次々と押し寄せるお客様のお相手に死に物狂いで手と目と頭を働かせている。 「も、申し訳ありません」 遅いと言われても……でもちょっと待って。お願い、今やってるから、考えてるから、計算してるから! 既に頭は焼ききれそうなのに、こんなので最後までもつのだろうか。うぅ、計算が得意とか言うんじゃなかった。 ――遡ること一時間―― 私たちは旧水底駅に着いたはいいけれど、思ったとおりびしょ濡れになってしまった。居心地が悪くなったのだろう、シラーが胸から飛び出して肩に戻る。 見た感じ、田舎の方にある普通のJRR駅と同じ作りをした旧水底駅。違和感といえば駅の線路に溢れるまでお客がごった返していることと、そお客が人間ではないこと。 普通に生活していれば、この世界で人間以外の人間っぽい種族に出会うことはあまりない。まあ私は常日頃から見ているけれど。「しっかし、轢かれても文句言えないなあれ」 「白緑、口調」 お客の波に呑み込まれないように関係者用の出入口へ向かう。一応入る前に軽く髪の毛を絞っていると、ベリーもずぶ濡れを嫌って全身を捻り自らを脱水し始めた。そんなもんだから、捻りに巻き決まれた私の二の腕部分がつねられたようになってしまった。「早かったですね」 どこかに監視カメラでも付いていたのだろうか。ベリーに文句を言っていると出入口のドアからJRRの制服を着たお兄さんが出てきた。 どうしたことだろう、私たち以上にずぶ濡れじゃない。シャツが透け透けだ。 でもまずは笑顔と挨拶。外国でパン屋を間借りしてお届け物屋をしている、かの先輩魔女も言っていたではないか。『笑顔よ、第一印象を良くしなきゃ』と。「この度は見習い魔女にもかかわらず――」 「ああ、そういうのはいいです竜胆さん。僕は駅長の上原です。取りあえず中へ」 はぅぅ。まさかの大撃沈だわ。先輩のような警察沙汰の大失敗はしなかったけれど、まあまあイケメンのお兄さんに冷たくされて私の自尊心はズタズタ。ああ、なんてこともう働く気力が起きないわ。よよよ……。「おい、勝手に人の心気持ちを捏造するんじゃない」 上原さんに聞こえないよう、ふざけるベリーに抗議する。『別にいいじゃんか~』 「白緑、口調を!」 まったくベリーめ。貴重な魔力の無駄遣いをしやがって。ほぼゼロとは
旧水底駅から帰宅すると、ずっと退屈していたシラーとベリーは森へ遊びに行ってしまった。けれど、私は眠たすぎて即バタン。目が覚めると夕方の五時だった。 枕元に置かれた、母の字で書かれたお疲れ様と父の字で書かれた頑張れが泣ける小さな二つの封筒が目に入る。 感謝の祈りを捧げ、私から俺に戻りシャワーを浴びて色々な物を洗い流す。両親は出かけているようで、家の中は薄暗い。 自室に戻る途中、少し寄り道をした。玄関にだ。首からタオルをかけてパンツ一丁のまま姿見の前に立つ。「ふっ……」 いくつかポーズを取ってみたら自然と笑みがこぼれた。「ふんふふ~ん♪」 鼻歌を歌いながら自室へ戻り、ベッドにどかっと腰を下ろす。そして、そうでもない上原さんにもらった紙袋を手繰り寄せた。 お待ちかねのギャラ確認。 ギャ~ラ確認、あそ~れギャ~ラ確認っと。妙なテンションなのは睡眠時間が短いからだろう。 俺はそのまま頭の中でギャラ音頭を奏でつつ紙袋に手を入れた。「え~っと、これは……」 まず取り出したのはJRRのロゴが入った金属の箱。その下には……おお!!「新年水溜まり弁当だ! しかも三つも!」 そういえば父にお土産を頼まれていたのに、すっかり忘れていた。冷蔵庫に入れていなかったが、今は真冬だし部屋に暖房もつけてなかったから問題あるまい。お土産はこれに決定だ。 たぶんこの弁当が上原さんの言っていた”色”の部分だろう。「てことはこっちが……は?」 先に取り出した金属の箱を開けると、透明な小瓶が二つとやたら綺麗などんぐりが十個。 思わず天を仰ぐ。天井に止まっていたてんとう虫が飛んでいくのが見えた。ギャラ音頭もピタリと止まる。 なんだこれ。俺、リスかなんかだと思われてる? なんて冗談を挟んで心を落ち着かせる。もう一回、箱を閉じて開けてもやはりそこにあるのは小瓶とどんぐりだった。「これだもんなぁ。現物支給は止めてくれって魔女協会経由でお願いしてるのに」 もちろんただの小瓶ではないし、どんぐりもそれなりの価値がある。 小瓶は草原の夜風と大空の春風を閉じ込めたものだし、どんぐりは甘酸っぱい妖力の蜜が見た目の百倍は詰まっている。こっち関係のお店で買うとなると小瓶は一つ八千円で、どんぐりは一つ千三百円くらいだろう。 ただし、魔女や業界関係者に特別需要があるのかというと
あの短剣で燃やせば証拠は欠片も残らない。少し気が早いけれど、裏切り者の乱子共々校長を始末できて気分は上々。 あとはあの写真を出版社に売り付ければお小遣い稼ぎもできて、一石二鳥どころか三鳥だ。 ちょっと癪に障るけど、あの童顔中年と私が変身していた被害者男子はよく似ていた。校長にイケナイ薬を盛られて襲われた挙げ句、オーバードーズで死にかけたところを”シスターの私”に救われた。良司さんの毒薬の被害者も校長の薬のせいで云々、という筋書きよ。 今となっては私をシスターに仕立て上げることが、どう私の捕縛に繋がるのか知ることはできないけれど、せっかくだから利用させてもらう。『いやぁ~白緑がぼくのために殺人だなんて、ちょっと感動しちゃったよ』「殺人? 馬鹿言っちゃいけないわ」 私はそんなことしない。あれは正当防衛よ。それもとことん優しい。 だって校長は私がありもしない罪を着せようとするもっと前から、私をバチカン送りにしようと企んでいたのよ。完全に消しにきていた。 マル魔にしてもそう。奴らはこれまで何人もの魔女を屠っているし、私の大切なベリーに拳銃を向けていた。それにほら、まだ誰も屠ってなさそうな新卒君は助けてあげたじゃない。 だいたい、私はあの短剣をきちんと暴発させたわけで――『え、帰らないの?』 言いながら生徒教職員が倒れている廊下を進み、南校舎に差し掛かったところでベリーが聞いてきた。ずっと怠そうに無視していたから、話題を変えたかったんだろう。「阿叢先輩がトンカツ奢ってくれるって言ってたのよ」『ええ~? この状況じゃ無理なんじゃない?』「食券が欲しいの。一ヶ月有効なんだから」 きっと来月にはこの学校も通常通りになっている。 少しは騒ぎになるでしょうが、所詮校長なんてすげ替え可能な消耗品。どうせ次もそれなりの実力者が選ばれるんだから、誰がなろうと大差ない。 それに理事会とかが全力で不祥事を揉み消すに決まっている。大事にならないのは確実。「食券を回収したら食材もいただくわよ。今夜は豪華な食事でベリーの慰労&乱子の破談お悔やみ会よ」『あ、それいいね!』「そうだわ。同期の皆も招待しようかしら。きっと大泣きしながら集まるわ」 悲しみではなく爆笑で、だけど。 にしてもゲロを吐いている人が全然いない。くるくる蓑虫の力で即座に意識を失った証拠だ。
校長は既に勝った気でいる。 人数のアドバンテージに加え、遥か格下の相手をいてるという油断。加えて乱子が拘束魔法で私の動きを封じたのもそも要因だろう。 でも私は気付いたわ。やつらは勘違いをしている。 私に踏んづけられらて意識を失ったシラーは未だ夢の中。そもそもシラーに目眩を起こさせるような能力はない。 やったとすればベリー、もしくは―― 『白緑ぃ~! これ、これ!!』 ベリーが辛うじて動く袖の部分を繊維状にほぐし、こそっと中をチラ見せしてくる。 やっぱり! くるくる蓑虫だわ! すっかり忘れてたけど、私は危険度マックスに近い魔虫を召喚していたのよ。ああ、自分で自分を褒めてあげたい。グッジョブ私! 肩も足も痛いけど銃創がなんだ。くるくる蓑虫さえいればこっちのものよ。覚悟してなさい。『ベリー、私が合図したら全力で回転するよう、くるくる蓑虫に伝えて」『ええっ、全力!?』『死ぬよりましでしょ!』『そりゃそうだけど……どうなっても知らないよ』 よし、あとは少しでいいから時間を稼がなくちゃ。 てなわけで披露してあげようじゃない。何十年と種族や性別を偽り続けた私の演技力ってやつを。「全部乱子の手の平の上だったってわけね……」 観念したように天井を見上げ、それからゆっくり目を瞑り、ため息と共に肩を落としてみせる。「まさか親友に売られるなんて。何だかんだで乱子とは死ぬまで楽しくやってくもんだと思ってたわ」「あら、私もよ。じゃあこのまま死ねたら白緑も本望ね。だって私、今と~っても楽しいもの」 ハートが何百と飛んできそうな語尾ね。 ふんっ、ほざいてればいいわ。目にもの見せてやるんだから。「これが親友の会話とは。やはり魔女は醜い」 校長の嫌悪が凄い。よくもまあ人をそこまで蔑んだ目で見れるものだ。そこらの魔女よりこいつの方が、よっぽど魔女の素質がある。 「同感ね。生まれ変わったあと、この学校に入れば多少ましになるかしら」 ま、私は聖職者の半分は偏見を理由に魔女を志さなかっただけで、ベクトルは違えど中身の腐れっぷりは同じだと思ってるけど。阿叢なんかがいい例だ。 むしろ、きちんと悪事を働いている自覚のある私のような魔女の方が何億倍も誠実に思える。「残念だけどそれは無理よぉ。天使校長の聖剣で貫かれた魔女はぁ、魂が裏山の御神木に封印されちゃうんだ
振り下ろされた聖剣は私に当たらなかった。 突如、校長が片膝を付いたのだ。まるで貧血でも起こしたかのように大外れ。その結果、私の左にあった高そうなソファが真っ二つになった。「大丈夫ですか!?」 マル魔の一人、パリコレモデルのような碧眼の男が校長に駆け寄った。さっき私の肩を撃ち抜いたクソッタレだ。「貴様、何をした!」 間髪入れずもう一人、どこぞの王室近衛兵のような雰囲気の美丈夫が威嚇してくる。さっき私の足を撃ち抜いたクソ野郎だ。「何もしてないわ」 なんでもかんでも魔女のせいにしないで。どうせ老人性の貧血でしょ――ほら見なさい。目眩が、って校長も言ってるじゃない。お陰で助かったけど。 校長はパリコレモデルに肩を借りて立ち上がったけど、また直ぐにガクッとなった。「嘘をつくな!」 それを見た近衛兵がまた叫ぶ。同時にカリャリ、と引き金を引く音がした。「だから知らないわよ!」 ていうかちょっと黙ってて。あんたたちも無視できないけど、今はもっと重要なことが――「ローブのポケットを調べたらどうかしらぁ」 そう、乱子よ。さっき校長は言っていた。夜鶯胤家とは話が終わっている、と。 ”私”の姿で倒れていたくせにいつ戻ったのか、本来の姿で胸をゆさゆさ歩いてくる乱子。「んもう、天使(あまつか)校長ったらお口が軽いんだからぁ」 真っ二つになったソファを魔法で消し炭にし、もう一つのソファに校長を座らせた乱子が、私を見下ろしながらその隣に腰掛ける。 そのまま妖艶な仕草で組む足の動きは、かなり強い誘惑魔法だ。残念ね。銃創が痛すぎてちっとも効きゃしないわ。 乱子の登場でマル魔たちの表情がもう一段階険しくなった 。「あの竜胆家の者を浄化できると思うとつい、な。悪かった」「まあ白緑には招待状を送ってないからいいんだけどぉ」 校長の首に腕を絡ませながらこちらを見る乱子は物凄く得意気だ。まさか校長は籠絡済みなのか? 「ポケットにペンギン型の財布がありました!」 ずっとベリーに銃を向けていたマル魔二人のうち、新卒らしき坊主の方がシラーを校長に渡す。「ああん、やっぱりぃ。白緑の使い魔なのよこれぇ。きっと天使校長の目眩はこの子の仕業よぉ」 しかしあれね。乱子が喋る度にマル魔たちがイライラしてるわ。わからないでもないけど、出会して数秒でそうなら、五分だってもたないん
私と乱子はそれぞれ”被害者の男子高校生”と”巨乳の私”に変身し、校長室のある東校舎の五階へやって来た。 昼休み真っ只中で生徒が溢れていた四階までと同様、ここにも妖力吸収機能付き監視カメラの他、妖力封じの罠や霊力の宿る聖句等が無数に設置されている。 しかしそのどれもが、数ヶ月通い続けた乱子によって”私”には反応しないよう改造されていた。北校舎を歩いているときにチラリと漏らしていたが、どうやら乱子も校長を疎んでいるっぽい。 そういう訳もあって乱子に”私”の姿を許したのだが、シスターとして頻繁に来校している”私”が、被害者を救済したと皆に見せ付けた方が効果的じゃない? と提案されたのも大きい。 とはいえ、さすがにすれ違うほぼすべての生徒に挨拶され、竜胆さんと呼ばれる乱子を見るのは背筋が冷たくなった。 おまけにボクサータイプのメンズパンツにレディースのジャケットというちぐはぐな格好の、一目で何かあったであろうとわかる”俺”には、弾けるような笑顔で「こんにちは」とか「学食以外で初めて会ったね」などと言うのだ。 あえて気遣う素振りを見せない気配りとでもいうのだろうか。性的に陵辱された者が救済される様子は、聖職者の卵には見慣れた光景らしい。嫌な学校だ。「思った以上にヤバいわねここ」「古今東西、未熟な聖職者が慰みものにされるのはよくある話よぉ。勿論その逆も」 哀れむように言う乱子だが、そういう原因を作ってるのは、たいていこいつみたいな性に奔放な魔女や色魔などの怪物である。 それにヤバいと言ったのは罠とかについてであって……は?「なんで私にはかけてくれないのよ」 乱子は自分にだけ強力な防御魔法をかけていた。霊力の影響を緩和する魔法もだ。「え~? だって頼まれてないものぉ」 一人だけ安全にこと進めようとはなんたることか。だいたい、まだ乱子の目的をちゃんと聞いてない。いったいあそこまで”私”を身バレさせて何をしようってんだ。 とはいえ、今問い詰めたとしても口は割らないだろう。燐粉と交換でなくては。乱子は――いや魔女とはそういうものだ。「あ、そうよね。五人も友達ができた乱子にはもう、昔からの親友なんかに優しくする理由がないわよね」 せめて嫌味でもとツンツンしたことを言ったら、逆に喜ばれた。「はぁ……もういいわ」 最悪、記憶に関しては姉かジズを頼ればい
くっ、凄まじい魅了魔法。魅了耐性の高い私をくらくらさせるなんて、さすが乱子。でも大丈夫。こうやって自分の顔を殴れば――ほら、なんてことない。「わ、私に魅了なんて効かないわ……」「んもうっ、野蛮なんだからぁ。鼻血出てるわよぉ」 乱子が呆れた様子でハンカチを差し出してくる。やたらと良い香りで誤魔化してるけど、微かにラミアンベラドンナの香りが……息を止めて拭う振りをしておこう。 ていうかよく考えたら危険だったかもしれない。シラーもベリーもいないんだった。魔力の尽きかけた生身の私だけで、どれだけ乱子とやりあえるかは未知数だもの。「じ、実物は実家にあるの。でも事情があって今帰れないから――」「やだぁ、もしかして今さら一人立ちの修行してるのぉ?」 ぐっ、すっごい馬鹿にされてる。そりゃあ私だってこの歳でと思うけど、仕方ないじゃない。「聞いて乱子。私、訳あってこの学校を救わなくちゃいけないの。でも校長が邪魔で……討伐を手伝ってくれたら燐粉をあげるわ」「ちょっと待ってぇ。私の目的を話せばいいんじゃなかったかしらぁ? 急に条件をすり替えられたからびっくりしちゃったじゃなぁい」 チッ、引っ掛からなかったか。 にしても全然攻撃の手を緩めないわねこの女。今の胸の揺らし方は間違いなく誘惑魔法。乱子の胸なんか一ミリも興味ないけど、頬の痛みが引いていたら飛び付いていたかもしれない。やはりハンカチは使わなくて正解だった。 う~む、こうまでして私を駒にしたがる理由……この学校には財宝でも隠されてるのかしら。それならそれで一枚噛みたいけど、先ずは私のミスをどうにかせねば。 乱子が来るなんて予想もしてなかったから、SNSでありもしない”校長の悪事”を拡散してしまった。あの拡散スピードでは、もはや無かったことにするのは不可能。大炎上と損害賠償請求待ったなしだ。 阿叢は社会のお勉強代として払えばいいけど、私の場合、肩代わりする良司さんが可哀想だ。何としても校長を破滅、それか阿叢を単独犯に仕立て上げなくてはならない。「ヤタガラスアゲハの妖精よ? ちょっとお手伝いするくらいバチは当たらないでしょ」「そうだけどぉ……」「このチャンスを逃したら次はいつ入手できるかしらね?」 全然知らないものだし、それという確証もないけど今を乗り切れればいい。実家に帰れさえすれば母の素材庫から代
いや、待て、落ち着け俺。 まずチンコロは違う。別に俺と阿叢で悪巧みしてたわけじゃないんだから正しくは通報……それにしたって俺を放置してそんなことするか普通。 あ、サイレンが止まった。 速すぎる。阿叢が電話を切ってからまだ一分も経ってないのに。「安心しろ。この国一番の正義の味方を呼んだから何の問題もない」 爽やかな笑みを向けてくる阿叢に目眩がした。馬鹿じゃないのか。問題だらけだろ。そもそも俺が助けてくれと言ったか? いいや、言ってない。 しかもかなりデリケートな告白だったはずだ。それを本人の了承もなしに秒で騒ぎにするとは何事か。 まあ全部嘘だからいいものの、もし本当だったら俺のメンタルはめためたになって二度と元に戻ることはなかったかもしれない。 良いことをしている。可哀想な人を助けている。そんな気持ちが透けて見える阿叢の顔。これっぽっちも悪気はないのだろうが、それこそなおタチが悪い。 ご飯をくれるからっていい人だと思った俺が馬鹿だった。こいつはエゴの塊だ。 あああ警察だなんて急展開すぎる。 こうなったからには嘘を真にする他ない。悪いが校長には社会的に死んでもらおう。そうだ、いっそのこと毒薬ばらまき事件も校長の犯行にしてしまえ。 お、そう考えれば結果オーライかもしれないな。不思議と怒りが感謝へ変わっていく。 そうと決まればパンツの下にいくつかキスマークでも浮かび上がらせておこう。乳首にもピアスホールを開けて、如何わしいタトゥーをもう一つ腰に浮かべる。 校長の趣味は知らないが、社会的に抹殺するならこれくらい……いや、もう少し攻めるか? あそこを変型させるように変身して、器具の部分だけ色を変えたら、あっという間に貞操帯の出来上がり。 それから俺のスマホ――はベリーが持って行ったから、阿叢に証拠だと写真を撮らせてSNSにアップさせる。おお、みるみる拡散されていくじゃないか。 怖いなぁSNSって笑 よし、これで準備万端だ。 さあ来い警察、俺の演技力で見事校長に濡れ衣を着せてやろうじゃないか。と意気込んだのはいいものの――「ここです! 竜胆さん!」 ――ん? 聞き間違いか? 今、阿叢が竜胆さんて言わなかったか? ここ我らが日本、日の元の国に竜胆姓は一血族のみ。何故なら母の紫が父の勝三と結婚し、竜胆を名乗ることとなったときに、
てっきり学食へ行くのかと思ったら、阿叢はてんで別の方向へ進んで行く。「え? あの先輩、学食はこっちじゃないですよ」 「黙ってついて来い!」 「は、はぁ……」 どうしたんだろう。まさかその歳で、学校でウンコしてたのがばれて恥ずかしい、とかじゃないよな。『違うよ、さっき白緑がえへへなんて言ったからだよ。すっごく気持ち悪かったからねあれ。オッサンが使っていい言葉じゃないんだから。いい加減年相応になろうよ』 うるさいな。見た目が若いんだから年相応だろうが。それに吸血樹鬼の四十六歳なんて人間で換算すればまだまだ幼児だ。ばぶばぶ言ったって何の違和感もない。『あ、そう。じゃあオムツになってあげようか?』 続けて精神は人間と同じ早さで成長するくせに、とぼやかれた。 何て言い返そうか考えていたら阿叢が止まりこっちを向いた。ここは……北校舎裏のギロチン置場か。「お前、上反りフランクだなんてどういうつもりだ? 脅してるのか?」 ……はて? 俺がおねだりしたのはイベリスフランクであってそんなヤル気満々な雰囲気のフランクじゃないんだけど。 困惑していると阿叢の睨みが一層鋭くなった。その殺意バシバシさは、さすが滅殺と名の付く学科に在籍しているだけある。「上反り? いや、俺が食べたいのはイベリスフランクなんですけど」 「だからそれは上反りフランクじゃないか!」 まるで意味がわからない。そもそも上反りフランクをおねだりしたからってなんで脅しになるのか。「お前も校長みたいに俺を脅して無理矢理――」 ええっ!? ま、まさかそういう……だから上反りとかフランクに敏感なのか? 嘘だろ。こんな聖人を育成しますみたいな学校の、それこそ聖人のような校長が生徒に……はっ!?「ちょ、まっ、先輩! なんで手に霊力集めてるんですか!?」 信じられない量の霊力が圧縮されていてバチバチ、バリバリ嫌な音が鳴っている。『え、なんで? 白緑なにしたの?』 『何もしてない。こいつが勝手に勘違いして勝手にキレてんだよ!』 あああああ、これはあれだ。ヤられてるのがばれたから殺りにきている。きっと槍を作ろうとしてるんだ。阿叢は槍投げの選手だからな。去年インターハイで優勝したとも言ってた。「優しくしてやったのに最低だなお前」 ほら見ろ。殺意たっぷりの霊槍を作りやがった。しかも切っ先を
目指すはご近所さんの学校。その名も日本退魔師大学附属聖ロキロキロ学園。 伴奏はすべてマイナーメジャーセブンスコードの高速連打という個性的な校歌をもつ、小中高一貫の聖職者育成学校である。校訓は悪魔討つべし魔女殺すべし。 その過激な校訓とは裏腹に、何故か俺にはまったく気付かない。教師含め未熟者ばかりで逆に心配になるくらいだ。 実は俺、校庭の樹木や学食目的で何度もここに忍び込んでいる。ベリーの言ってた気になる食堂ってのがここの学食で、三十円のぎりぎり定食という色んな意味でぎりぎりの定食がコスパ最高なんだ。 これを買うと生徒の皆がおかずを分けてくれるし、同い年かちょっと歳下の学食のおばちゃんもサービスしてくれる。さすが心優しき聖職者の卵たちとその関係者。 でもまあその度に「貧乏な新入生可哀想」みたいな目をされるが俺はまったく気にならないし、嘘も言ってないから心も痛まない。俺自身が貧乏なのは事実だし、ちゃんと”侵”入生ですって自己紹介したからな。意味を勘違いしたのは奴らの方だ。 そんなわけで先ずは忍び込み慣れてる高等部からにしよう。「ベリーはいつもみたく制服になってくれ。シラーは財布だ」 『オッケー』 「かまいませんが、中身が空というのはリアリティに欠けますし財布のプライドが許しません。一万円……いえ、三千円でいいので入れといてください」 は? 猫ばば確定なのにそんな大金入れるわけないっての。そもそも財布のプライドってなんだ。じゃあいつも五百円しか入ってない俺の財布はどうなる。「三百円だ」 「やれやれ、ケチ臭いですね」 ケチなもんか。それだけあれば 一ヶ月は満腹を維持できる。あっちの世界と違ってこっちは砂糖がすこぶる安い。三百円もあれば砂糖水という素晴らしいご馳走を毎日楽しめてお釣りまでくるじゃないか。『今さらだけど、いい歳のおじさんが高校生の振りってどうなの? 図々しくない?』 「図々しくない。俺は老けない体質だから実質高校生だ。それに木を隠すなら森の中、だろ?」 「せめて稼ぎだけは歳を重ねて欲しいものですね。なんですか三百円って。嘆かわしい」 うるさい――っと、今はそんなことどうでもいい。とにかく毒薬を探さねば。 ほぼ無い魔力を使い魔法を発動、くるくる蓑虫を召喚する。この虫はあらかじめ伝えておいた探し物に近付くと、手元に引き
ジャックが大きな溜め息をついた。「白緑よ、我としてはずっと側にいられて嬉しいのだが、その……」 「なんだ?」 思えばジャックと幽霊たちに身の回りの世話をしてもらうのもすっかり慣れてしまった。上げ膳据え膳生活の快適さよ。 それによく考えればジャックは元々ゴキブリじゃないんだし、直接触られるわけでもない。もういいだろうと思えてきた。「我に身を委ねておるし、毎日下着姿で眼福ではある。外出も夜中に樹液を吸いに行くだけであるし、我はこの上なく幸せだ。だがな、そろそろまともな生活をだな……」 なんだよ。やる気が無いときはこうするのが一番なんだ。薬局のバイトは良司さんに引き継いだし、見習いの仕事も声がかからないんだから、まともじゃない生活だろうが別に問題ないだろ。仕方ないことなんだ。「ジャック、あなたは白緑にすべてを捧げる契約をしたのです。何も言わずただ白緑に従っていればいいんですよ。ああ、ワショク、次は辛口の日本酒。つまみはエイヒレで」『そだよぉ。一日中ネトフーリで動画見ながらおやつを食べることが今のぼくらの仕事なんだもん。あ、チューカくん、ごま団子おかわり。それからフレンチちゃんはチョコの盛合せ追加ね。イタリアンは三段ケーキお願い。生クリームたっぷりだよ』 ペンギンの可愛らしさを捨て去った酒臭いシラーと最近テカリを帯びてきたベリーが俺の代わりに返事をする。 二人はふわふわ浮かんでいる。それは醜く肥大化し過ぎたせいでことあるごとに何かにぶつかるため、ついに生活圏を空中に移したからだ。もちろん浮力はジャックの力。浮かび上がっているのに堕落という、表現の難しい光景。 ああはなりたくないものだ。 かくいう俺もダラけてはいるものの、最低限の自己管理はできている。「だが、さすがにこの状態は良くない。不潔かつ不健康、なにより迷惑だ」 ネクロマンサーでゴキブリの肉体をもつヤツが何を言ってるんだろう。お前はそういう環境を好む種族じゃないか。それに存在するだけで世界中に迷惑をかけているのはそっちだ。 だいたい俺は不潔でも不健康でもない。シラーと違って毎日風呂に入ってるし、ベリーも洗濯してもらっている……まあ、ぬるぬるするからあまり着る気にならないんだけど。「良司のこともだ。最近ますます反抗的になっているではないか」 それはそうだが、良司さんの感じから察するに